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日本語教師体験記

河南大学の教壇に立って(2016/7/1)

河南大学 宮野 治夫

 6月になった。このところ毎日、美しい小鳥のさえずりで目を覚ます。2015年9月から河南省開封市にある河南大学旧校区の専家楼に住んでいる。到着3日目の夕方、ここでは珍しいという大雨で単身用の新居が床上浸水したため、今もその避難先であった3LDKの広すぎる部屋で一人暮らしをしている。朝になると、二階にある私の書斎には夏のまぶしい光が差し込んでくる。周囲には梅や桐など様々な樹木が植えられて、花の時期、新緑の季節を経て今は濃い緑に覆われている。
 健康維持のため、朝は市場で買い物をしながら散歩するのが日課だ。実は前学期、私は原因不明(恐らくは老化)の第9胸椎圧迫骨折で苦しんだ。学生を通訳に3日間病院に通った。病院事情が知れて面白くもあったが、とにかく痛くて心細かった。だから、今、健康管理には十分に気を遣っている。
 中学時代にNHKの番組シルクロードを見て憧れた中国。「あの国へ行ってみたい」が「そこで生活してみたい」になっていった。    
 2013年3月に当時の仕事を辞め、中国語と日本語教師の勉強を始めてはみたが、はたして本当に中国に行けるのか不安だった。
 しかし、今私はこうして河南大学の教壇に立っている。現在、外語学院の2、3年生と、民生学院の2、3年生の計4クラスを担当している。人数の内訳は、外語学院が両学年とも25人弱、民生学院が両学年とも45人弱、計約140人である。担当科目は、2年生が会話と作文、3年生が作文と日本映画鑑賞(前学期は会話)で、週8コマ16時間だ。
 当初、教員経験のない私には、教室で起こるだろう全てのことが想像でしかなかった。だが、幸い学生の多くが真面目で純朴であることに救われた。学生たちは経験の浅い私の授業を懸命に聞いてくれる。
 ただし、学生の到達度とクラスの人数の差によって、今でもどこにフォーカスした授業をすべきか悩み続けている。試行錯誤の連続で、授業の準備と作文の添削に追われる毎日だ。それでも本当に楽しい。彼らが新しい日本語の表現を理解したときに見せる嬉しそうな顔を見ると、心から喜びを感じるのだ。
 今、こうして原稿を書いていると、これまでの出来事が出会った人々の顔とともに思い出される。そして、同時に私を支持してくれた家族への感謝の気持ちも湧いてくる。今学期も残すところあと1か月となった。私は、もう1年ここ開封で日本語教師の仕事を続けることに決めている。中国の多くの若者が日本語を学び、日本をもっと理解してほしいからだ。そして、私も中国とそこに住む人々をもっと理解したいと思うから。


河南大学旧校区の南門
河南大学旧校区の南門


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